ホビーアニメを観ていたらいつの間にかアホになっていた

現在放送中の子ども向け番組を中心に、アニメや特撮ドラマについて書いていく。毎話「感想」を書くわけではなく、気になった話数や一般的な議論に関する記事を書く予定だ。(2017/7/13 Update: 2つあった関連記事欄を1つに収束。)

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悪意と出来レース〜アイカツ!に対する偏見や誤解〜

アイカツ!あかりジェネレーション』(以下、あかジェネ)が終了し、劇場版を残して『アイカツ!』が完結した。あかジェネは、星宮いちごが主人公だった1年目・2年目(便宜上、いちごジェネレーション、略して、いちジェネと呼ぶ)からガラッと変わり、仕事中心でオーディションは二の次の構成になった。劇中設定でも、主人公たちは業界のあらゆる人から信頼され、ファンからも愛され、仕事をもらっていることになっている。このような状況は、オーディションに合格して仕事をもらい、プレミアムドレスの獲得のために努力し、あるいはスペシャルオーディションや対決ライブのために特訓をしていたいちジェネとは、一線を画す。それまでの対決やオーディション中心の『アイカツ!』よりもアイドルらしくなったと言える。だが、一方で、あかジェネは世界が登場人物に対して優しすぎるという指摘がある。このような悪意や出来レースに関する指摘には、偏見に基づいた誤解がある。

 

悪意のない世界という誤解

アイカツ!における悪意というのは、1話の最後のシーンから始まった。いちごと霧矢あおいが編入したアイドル学校・スターライト学園の同級生で芸能界の先輩である紫吹蘭が放った台詞「やれやれ。仲良しでいられるのも今のうちだよ。」は2人が無事入学したスターライト学園に影をチラつかせるものだった。初期には、芸能界のいろはを知らないいちご達に蘭は厳しく接した。だが、その悪意は次第に緩和されていき、35話では2人との別れに涙するまでに変わっていった。一方で、芸能界のスキャンダルを追う悪意ある記者・ミスターSが存在する。第20話「ヴァンパイア・スキャンダル」でヴァンパイアの末裔*1という設定の藤堂ユリカのプライベートの顔が雑誌に掲載され、ヴァンパイアが苦手なはずのにんにくが入ったにんにくラーメンが好物であることが世間に暴露されてしまった。彼は、第63話「紅白アイカツ合戦!」で芸能界の大御所・西島サブ子に粛清されてしまう。このように、いちジェネには明確な悪意が存在していた。


こうした悪意は、あかジェネでは表現が和らげられてはいるものの、存在はしている。大女優を母に持つ紅林珠璃は、親の七光りや「紅林可憐の娘」として扱われることを気にかけ、一人前になるまで芸能活動を休止していた。この描写は、芸能人を親の七光りだと批判する悪意が存在することを示唆していた。第161-162話の大阪編では、お笑いアイドル・堂島ニーナのネタを誰も笑ってくれないという広義での悪意*2が存在した。詳しくは後述するが、あかジェネは成功をメインに描いた話であり、逆境を乗り越えることを趣旨にしていない。そのため、表現が緩和されているのは仕方のないことだ。だが、悪意は確実に存在している。

 

出来レースという誤解

あかジェネがオーディションなしで仕事をもらえて、トントン拍子に進んでいる出来レースだという批判がある。そうした批判の原因の一部になっていると思われるのが、取材によって、リアルな芸能活動を表現しようとしている回である。いちジェネの第54話「笑顔のヒミツ」や第90話「ひらめく☆未来ガール」では、登場人物たちがフォトセッションやミュージックビデオの撮影に参加するという経験を通して、芸能界に関する知識がひけらかされる。このような回があかジェネにも存在する。第129話「トークの花道」はまさにトーク番組の仕組みを説明する回である。第163話「ハピネスパーティー♪」や第164話「さきどりニューイヤー!」も同様に、芸能界や玩具業界の知識をひけらかす回である。それに加え、あかジェネではドラマオーディション回をなくし、そのままドラマ本編を流すという形にしている。こういった回では、先に仕事をもらうという前提が必要であり、どうしても出来レースが生まれてしまう。


一方で、あかジェネの登場人物に困難が降りかからないという誤解がある。たしかに仕事が忙しすぎてスペシャルオーディションの練習ができないというようないちジェネ特有の困難は、あかジェネには存在しない。あかジェネには、氷上スミレがダブルブッキングになりそうだったのを回避する回もある*3。こうした回に注目すると、どうしてもあかジェネは甘いと思ってしまうだろう。しかし、あかジェネは、過去にあった困難を乗り越えた少女達の物語である。主人公の大空あかりは2年目後半から登場し、半年間、落ちこぼれアイドルを演じた。そこから才能が開花し、3年目後半では、1年生の後輩を導くお姉さんになっていた。その他のキャラは、回想にてかつてあった問題を提示し、物語の早い段階で解決するという方式をとっている*4。つまり、困難を乗り越えた先に成功した今の状況があったのであって、決して楽して成功しているわけではない。

 

アイカツ!』は永遠

まとめると、『アイカツ!あかりジェネレーション』に悪意は存在していたし、出来レースだと思われていたものは、努力や困難の先にあるものであった。まず、いちごジェネレーションで明確に存在した悪意は、あかりジェネレーションにおいては表現が緩和されていた。しかし、ないわけではなかった。次に、あかりジェネレーションにおいては、仕事をもらっている前提の話が増えていた。その影響で、描写されていない仕事を勝ち取るシーンがあたかも出来レースかのように映ってしまった。そもそも、あかりジェネレーションの登場人物の多くは、過去の困難を長期的に解決していたのであって、決して何もせずに仕事をもらい、成功していたわけではない。このように、あかりジェネレーションは悪意ある解釈により、生ぬるいアイカツだと批判されていた。


最後に、あかりジェネレーションは終わってしまったかもしれないが、あなたが思っている限り、アイカツは存在するということを忘れないでほしい。そして、『アイカツスターズ!』に悪意を持って接しないでほしい。さもなくば、四ツ星学園を退学になることは避けられないだろう。

*1:ダンピールという言葉があるが、本編では子どもにわかりづらいためか、使われていない。

*2:愛想笑いをしてくれる善意の市民はいないのか?

*3:第117話「歌声はスミレ色」。重要なオーディションの日程が重複してしまったので、オファーを頂いた会社に謝りに行くという回。一方、いちジェネ32話「いちごパニック」では、いちごがダブルブッキングをするために仲間たちが協力をした。諦めるというのは、たしかに印象が悪いのかもしれない。

*4:いちジェネ2年目でドリームアカデミーの生徒たちが回想していた出来事を自己実現する形でデビュー(または、プレミアムドレスをお披露目)していたのと同じ。

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