ホビーアニメを観ていたらいつの間にかアホになっていた

現在放送中の子ども向け番組を中心に、アニメや特撮ドラマについて書いていく。毎話「感想」を書くわけではなく、気になった話数や一般的な議論に関する記事を書く予定だ。

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KING OF PRISM by PrettyRhythm 応援Bookを読んだ その3:応援漫画&応援コラム

応援漫画&応援コラム 愛を届けるヒントから見える期待と課題

応援Bookの紹介もこのPostが一旦最後になるだろう。ここまで紹介してきたのは、アニメの現場や作品愛が見えるインタビュー部分と膨大な情報が整理された設定部分だ。これらの内容に足りなかったのは、マナーアップと中立性だった。マナーの広報をするというのは、公式に近いメディアとしては難しい部分もあるのかもしれない。しかし、表現を和らげれば、それとなく伝えることができるだろう。中立性に関しても、様々な人の意見を寄せ集めることで確保することができる。そうしたことを行おうとしているのが、応援漫画と応援コラムである。応援漫画と応援コラムは、出版社や映画スタッフとは異なる、ファン目線から書かれたものである。毛色の異なる作風の作者が集まったことである種のカオスが出来上がっている一方、様々な考えの寄せ集めになっていて、中立性がある程度保たれたものになっている。もちろん、マナーについて触れた作品もある。応援漫画・応援コラムは愛を届けるという応援上映の趣旨を体現しようとしているのだ。

 

 

 

まずは、応援漫画から考えていく。

 

応援漫画

漫画部分は一々要約するのも面倒なので、どのような作品があるかを簡潔にまとめた。

内容の分類
  • マナーの啓蒙

応援上映で守るべきマナーを登場人物に発言させるもの。ルール違反・マナー違反を、南委員長のように厳しく非難するものではない。

  • 楽しみ方の提案

応援上映の楽しみ方(どのような心持ちで臨むか、「地方遠征」のレポートなど)を漫画に表したもの。

  • 初見者/既存ファンの立場からの評価・感想

応援上映に対する評価を搭乗時物に発言させたり、漫画に表したりするもの。

 

形式の分類
  • 応援上映に行く自分を描いたもの

キンプリを観に行った作者自身をキャラクター化したもの。

  • 応援上映に行くキンプリキャラを描いたもの

一条シンら、キンプリの登場人物が(自らが出演する実写映画を観るという設定の)キャラクターとして登場するもの。

 

利点
  • 漫画によるポップな表現

漫画なので、単純に文字列を眺めるよりも見やすいものもあった。公式に近いメディアということもあり、ほぼ合法的に映画のシーンを引用していて、映画を観た時の感動が蘇ってくる気がする。しかし、その多くはギャグとして描かれており、筆者が生理的に合わないと思うものもあったことは否定できない。一方で、登場人物が応援上映を観に行ったという設定など、漫画でしかできない表現があったことは印象深い。これによって、単なる記憶の共有というレポート漫画の役割が、二次創作の新たな局面を生み出している*1。ネットに掲載されている各種レポート漫画は映画の新奇性ばかりを描くものが多いが、鑑賞後(鑑賞前も)の感動や鮮明な記憶を呼び起こす装置としてのレポート漫画が作られていくことが今後、期待される。

 

  • 様々な立場からの参加

初見の人、リピーター、地方の人など様々な立場からのレポートがある。これにより、応援漫画はどのような立場の人がどのように応援上映を楽しんだらよいのかというヒントになる。例えば、坂崎春氏の「キンプリ応援上映 in 関西」(166-169ページ)のように、(リピーターや古参ファン、時に地元で上映していない人が)他の地方の応援上映に遠征するという楽しみ方は、いくつかの漫画で提案されていた。あるいは、熱狂的なファンがペンライトを持っていない人に貸すというシーンも多くの漫画で描かれていた。より楽しむため、よりよい応援上映にするためにすることを提案するという点においてこの本は優れていた*2

 

難点
  • 映画の本質を誤解させるような表現

頭のおかしい(だけの)映画だと印象付ける内容の漫画も多く、違和感を覚える。西プロデューサー(152-157ページ)が指摘している通り、菱田監督の作風は、一見おかしいけれども説得力があるというものである。もちろん、『プリティーリズム・オーロラドリーム』44話の「チョコの中身はかりんとう」のようなギャグもあるが、『プリティーリズム・レインボーライブ』31話の仁科カヅキのプリズムショーのように、一見仰々しい表現であっても、やっている内容が感動的である場合がある。それを無視して、シリアスなシーンまで全てギャグとして扱ってしまうのは、許容しがたい。

 

  • 実は似たり寄ったり

一見様々な人が漫画を寄稿しているように見えるが、実際はほとんどの人がキンプリ初見者である。その人が初めて応援上映に行った時の話となれば当然、前述のようにおかしい作品として評価されてしまう。(一般に、)既存のファンから見てどのような作品であるのかは、新規ファンにとって、その畑で生き抜くのに非常に重要な情報であるはずだ*3。今回はそれをほとんど伝えておらず、どうもこの映画を取り巻いているあらゆる感動を台無しにしているように感じた。ジェンダー比ではバランスを取れているように見えるので、次やる際は、編集者には、ファン歴や視聴済み作品にも注目してもらいたい。

 

応援漫画を応援の参考に

既存ファンにとってはうんざりする部分もあるが、少なくとも新参ファンにとっては、応援上映の雰囲気がつかめて参考になる部分が多いだろう。ペンライトを忘れた人は受験票を忘れた受験生のごとくあたふたするかもしれないが、救済はある。大きな声を出すのが苦手な人、自分は対象層ではないと萎縮してしまう人でも、チャンスはある。そう言ったことを、わかりやすく、楽しく教えてくれるのが応援漫画だ。一方で、ポップな表現が災いして、既存ファンが新参ファンに伝えたいことに反する内容が含まれているという感は否めない。今度やる場合は、既存ファンの代表としての寄稿者を増やした方が良さそうだ。キンプリの応援上映で、多くの人が愛を届けられるようになることを願っている。

 

応援コラム(2本のみ)

応援コラムは、コミカルな要素が削られていて、漫画よりも読みやすい。内容はショートエッセイで、自らの体験を暖かく語っている。半公式メディアなので、キンプリに反対する内容ではなく、キンプリから連想された他作品の思い出や、プリズムの煌めきとはなんたるかといったキンプリを肯定する内容である。文量もページにぎっしりというわけではなく、すぐ読めるぐらいになっている。批判的な要素がないのは残念だが、そこは公式に近いメディアとして仕方のないところもあるのかもしれない。しかし、悪いところを認めてこその公式メディアではないかという想いもあるといえばある。でも、批判的意見がないことで本の価値が著しく損なわれるかといえば、そうではないだろう。ガチガチの評論というわけではないので、そこまでは気にならなかった。そうした批判的なエッセイはブログなどの非公式メディアでこそ行われるべきなのだろう。応援コラムに関しては、軽い気持ちで読んでいただきたい。

 

愛は届いたのか?

応援漫画・応援コラムは応援上映のあり方を様々な人に伝える挑戦であった。応援上映をもっと多くの人に楽しんでもらいたい、応援上映を楽しんでもらうために環境を変えたいという想いがあるのはわかるのだが、実際にそれが100%うまく伝わっているかといえば、残念ながらそう言いがたい。プリティーリズムという感動的な作品の地位を下げているものもあるし、一部の寄稿が「推奨」している応援の内容にも、一部のファンから見れば不愉快だと思われてしまうものがある。こう言った書物が不要であるとは言わないが、応援漫画・応援コラムは、同人イベントや投稿サイトなどで公式ではない第三者が行なった方が良いものが出来上がるのではないだろうか?正直に言えば、公式が愛を届けることに失敗しているのは、大変情けないと言わざるをえないだろう。

 

 

www.ajo-biani.com

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*1:登場人物が自らが出演する映画を観に行くという内容を含んだ二次創作ぐらいどこにでもあるだろうが、応援上映の場合、ただ観る場合よりも、観客の主体性が格段に高い。そのため、映画に対する登場人物のリアクションをより能動的に描くことができる。(従来は、映画館の客席で寄り添い合うことぐらいしかできなかったのではないだろうか?)

*2:ただし、この本は多くのスタッフのインタビューを載せた公式に近いメディアなので、やりすぎると規範の押し付けになってしまう。今回の漫画に編集者がどの程度関わっていたのかはわからないが、この本の立ち位置の都合上、いかに中立的に提案を表現するかが課題になると思う。

*3:もちろん、既存ファンの態度にうんざりすることもあるが……。

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