ホビーアニメを観ていたらいつの間にかアホになっていた

現在放送中の子ども向け番組を中心に、アニメや特撮ドラマについて書いていく。毎話「感想」を書くわけではなく、気になった話数や一般的な議論に関する記事を書く予定だ。(2017/7/13 Update: 2つあった関連記事欄を1つに収束。)

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『リルリルフェアリル』デトワルビジューは成長の証

リルリルフェアリル〜妖精のドア〜』第32話Bパート「あばけ!ビジューの秘密!?」

リルリルフェアリル』第32話のBパートでは、デトワルビジューを話題の中心として話が展開された。あらすじは以下の通りである。

 

またデトワルビジューをもらってしまったりっぷは、フェアリルビジューのことを知るために、フェアリルビジューを作っているハッピーとデットの元を訪ねた。デットは無口で怖かったのだが、ハッピーは暖かく迎えてくれた。一方、すみれ達からデトワルビジューに関する不穏な噂話を聞いてしまったりっぷは、その晩寝付けなくなった。

 

デトワルビジューを鋳造しているデットの元へデトアルビジューを返しに行こうとするのだが、恐怖心のためにデットの家の前から逃げ出し、暗い夜道を迷走してしまう。そして、デットに見つかってしまい(?)、りっぷは気絶した。目覚めたりっぷは、デトワルビジューが失敗の記録装置であることを知る。りっぷは、ビジューに記録された自分の姿を見て、行いを反省するようになった。ところが、りっぷは授業中に怒られても全く反省した様子を見せず、デトワルビジューコレクターになると宣言してしまい、おまつさんに怒られた。

 

このパートのテーマは、罰や説教を受ける意味である。りっぷは、デトワルビジューをもらうたびに落ち込んでいるが、落ち込んでいるだけでは意味がない。遅刻も居眠りも改善の余地がある失敗であり、落ち込むだけに終止してはいけない問題である。それに、説教を受けたり、反省文を書かされたりすることにもれっきとした意味があるはずだ。もちろん、デトワルビジューをもらうことにもきっと意味がある。それはつまり、デトワルビジューはフェアリルを大きく成長させるための装置だということだ。

 

デトワルビジューの役割

 

デトワルビジューは、子どもに行いを反省させ、改善させるための装置である。さて、今回の話では、デトワルビジューが行いを振り返るための記録装置であることが明かされた。デトワルビジューは見せしめや精神的な威圧のための道具ではないのだ。つまり、もらった数だけにとらわれて、「お前は悪い子だ」と言ったり、「私は悪い子だ」と思わせるのは良くない。それでは、いたずらに子どもの人格や存在価値を否定することになってしまうからだ。見せしめによって威圧された子どもは最悪の場合、反省するどころか自殺してしまうだろう。ビジューをもらったことで、自分の行いを見つめ直し、悔い改めていくことがデトワルビジューの存在意義なのだ。

 

反省文の意味

反省文は、過ちの内容と反省を明文化することにこそ意味がある。反省文を書かされた子どもは自らの行いを回想し、自分の非を認め、改善案を出さなければならない。この制度を乱用すると、先日話題になったような大人が子どもを服従させ、支配するSNSになってしまう。反省の内容が本当に自分のためになれば良いのだが、支配者を賞賛し、自分を卑下するような内容を書いて支配者の機嫌をとるようなものになってしまうのは良くない。大切なのは、子どもがその過ちについて考え、自分で反省することだ。繰り返すが、指導は見せしめや精神的な威圧の手段ではない。

 

ビジューとコミュニケーション

一方で、フェアリルビジューを与えることは、先生と生徒のコミュニケーションでもある。この世界の場合、先生はフェアリルの親代わりなので、親と子のコミュニケーションと同等とみなしてよいだろう。第8話でさくらがりっぷのデトワルビジューを欲しがったのにも理由がある。さくらはフェアリルビジューを全く持っておらず、親とのコミュニケーションが不足していたのだ。ビジューの種類にかかわらず、たくさんもらった子は親とたくさんコミュニケーションしていて、愛を受け取っている。逆に、全然もらえない子には、より多くの愛が必要なのだ。りっぷのデトアルビジューの数は、ローズのハピネルビジューより圧倒的に多いので、コミュニケーションの量では、りっぷの方が勝っているのかもしれない。

 

デトワルビジューは成長の証

もちろん、フェアリルビジューの種類が関係する事項もある。子どもの成長をより促進するのは、デトワルビジューである。たしかに、ハピネルビジューをもらった子どもの方が、外面的には優秀に見える。しかし、ハピネルビジューは子どもに考える時間を与えない。ハピネルビジューをもらう上で、反省と改善は必ずしも必要ではないのだ。ハピネルビジューをもらった子は、そのままいい子にしていればまたハピネルビジューをもらえるわけで、支配者にとっては優秀な(従順な)しもべになってしまう。ハピネルビジューをもらった子どもには思考の機会は与えられず、ただいい子であり続けるだけだ。しかし、デトワルビジューをもらった子は、反省し、成長する。何もしなくても継続して100点を取っている子どもよりも、初めは低い点数でも反省して着実に点を伸ばせる子の方が優秀なのである。言い換えれば、デトワルビジューは失敗を成長につなげることができるのだ。

 

ローズの成長

ローズはハピネルビジューだけをもらう完璧超人ではない。たまにはデトワルビジューももらう。恋のことも、友情のこともよくわからない。でも、そうした失敗から多くを学んでいる。前述の点数のたとえで言えば93点程度で、決して完璧ではない。これまでのローズの物語からも分かる通り、ローズは人間味を得るために必死になっているようだ。完璧ではない存在にも惹かれているようで、ダメダメなしじみやアザミに興味があるらしい。気高さが必ずしも完璧超人を意味する概念ではないことは、本人も自覚し始めているようだ。

 

お小遣いの謎

このように、デトワルビジューはフェアリルが成長するために必要な装置だった。そうなると問題になってくるのが、ビッグヒューマル編で、フェアリルビジューをお金に変換したときのことだ。あの時は、〈(ハピネルビジューの数) - (デトワルビジューの数) = (お小遣いの金額)〉だった。これだけを見ると、良いことばかりをすることが求められているように思われる。良いことばかりをしても人として大きく成長できないのに、良いことばかりをするよう推奨しているようだ。人は失敗をして成長するのだから、完璧超人になるためのインセンティブを与えたことには疑問が残る。この場合はむしろ、失敗を推奨するべきではなかっただろうか?


日常編が続くが、かえってリルリルフェアリルらしさが取り戻されつつあるように感じる。次回も日常編なので、どのような教訓があるのか期待したい。

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