ホビーアニメを観ていたらいつの間にかアホになっていた

現在放送中の子ども向け番組を中心に、アニメや特撮ドラマについて書いていく。毎話「感想」を書くわけではなく、気になった話数や一般的な議論に関する記事を書く予定だ。

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ポリコレで疲れたその身体に 『レゴフレンズ』を

政治的な正しさを強要しないアニメ

「その表現は不適切だ」と怒る人がいる。その一方で、従来許容されていた言葉や言い回しが使えなくなっていくことに息苦しさを感じる人も多いだろう。人々のライフスタイルが変わった現代において必要とされていることなのだが、イラストや漫画を含む創作物においては、表現規制がされている感も否めない。


アニメの世界で言えば、女の子が主役のアニメを中心に、クレーム対策で表現が萎縮した時代があった。最近では水着回があったり、喧嘩をしたり、「闇堕ち」したりと表現の幅が広がっているが、「クリーンなキャラクター」と「優しい世界」への信仰はなくなったわけではない。


しかし、『レゴフレンズ』は優しい世界を真っ向から否定し、放棄している。他人の悪口も言うし、意地悪もする。無理に仲良くなったりせず、嫌いな子とは距離を取る。世間ではなくポリコレに疲れた人は、動物の擬人化アニメよりも女の子の社会の縮図を描いたレゴフレンズの方が性に合っているのではないだろうか?

 


ということで、レゴフレンズも実質的に2クール目に突入したので、また記事を書くことにする。ストーリーは完全1話完結方式なので、この記事はあらすじを説明するというより、システムの説明に特化した。

 

 

登場人物

5人のフレンズ
  • 意地悪なターニャを前にすると闘争本能を抑えられない ステファニー
  • 歌が得意で、ときに横柄な態度をとる アンドレア(本編で歌唱あり)
  • 動物と運動が好きな ミア
  • 気は弱いが、調子に乗ってトラブルを起こす エマ
  • 計算と発明が得意で、雑事をロボットでこなそうとする オリビア


彼女たちは無限に仲がよいわけではない。友達の特別な事情に理解を示さなかったり、友達の意見を平気で無視したりする。仲間割れすることもよくある。後述するが、あまりよいと思われないことについても協力するので、5人の絆に関して説教っぽさはあまり感じない。

 

ヒール役
  • 意地悪なお嬢様 ターニャ・ブーテア
  • 悪徳な政治家 ブーテア市長(ターニャの父)
  • 狡猾ななんでも屋 スニベル

(その他にもいるが、主な3人を紹介する。)


彼らは『ドラえもん』でいうジャイアンスネ夫のポジションだが、単純な暴力ではなく金や権力を使うのが特徴だ。偽計でキャンプ場を潰そうとしたり、市長および市長の娘の立場(圧力)を利用して賞を手に入れようとしたりする。
(ただし、フレンズ側もコネを使うので、絶対悪とは言えない。)


この二者を中心に日常生活が描写されていて、その中でトラブルを解決していくというのが毎回の流れである。

 

どんなことをするか?

(主人公たちがする)よいこと
  • バスケットボール大会で優勝するために、友達の弱点をカバーする
  • 壊してしまった壁の修繕費をみんなで稼ぐ

 

(主人公たちがする)悪いこと
  • おもしろ動画を撮るために人様に迷惑をかける
  • 嫌いな子に帰ってもらうために、協力して意地悪をする


悪いことをしても、謝らずに「イェイ」で終わることもあるので、ポリコレ路線のアニメとは大きく異なる。そのくせ、内省はするため、大抵のトラブルはよい方向に収まる。(よくない協力をした後で間違いに気づき、正しい協力によって成功を収めるという流れの回もある。)


同じ「フレンズ」でも、穢れなきキャラクターが善意の結果としてトラブルに巻き込まれる『けものフレンズ』とは、毛色が異なる作品だ。

 

表現規制

セリフの自由度

海外作品のため翻訳になるが、セリフはかなりフリーダムだ。女の子が「うんち」と言ったり、ブーテア市長をブータレ市長と言い間違えたりと、セリフ面での規制は少ない。台本かアドリブかは不明だが、ギャグもかなり盛られている。

 

大人の期待する少女像からの解放

レゴフレンズでは、日本の大人が女児アニメに望むことがほとんどクリアされていない。例えば、上で言及したように、聖人君子はいない。「友達同士仲良くしなければならない」という無言の圧力もほとんどなく、むしろそうした圧力を悪徳として表現している回もあるほどだ。


ミアが男の子と対決する回で性差に関する言及もあり、デリケートな内容を避けているとは感じない*1。前述の通り、喧嘩もするし、意地悪もする。恋愛に関しても、純潔を望む大人の視聴者がそれを嫌うことがあるが、この作品では少女が普通に恋愛をする。一方で、海外製ということもあり、性的な描写はなかった。

 

楽しめればよい

おそらく、子どもが観るアニメについては大きく分けて2通りの考え方がある。ひとつは、教育的な内容であるべきという考え方だ。たしかに、情操教育のために作られたアニメも存在する。しかし、NHK以外のアニメの多くは、商品の販促(や視聴率)のために作られている。無論、行き過ぎた描写があれば咎められるべきだが、それ以外の描写は教育的でなくても作り手に問題はない。


一方で、子どもが楽しめれば内容は問わないという人もいる。性的な描写を含む『ラブライブ!』が夕方に再放送されていたのは、そういうことだろう。「悪影響だ!」「不適切だ!」と大人が勝手に決めつけるのではなく、様々な作品を子どもの気の向くままに観させた方が、視野や見識を広く持つことにつながるはずだ。

 

悪影響を避ければよいのか?

このように、子どもが楽しめるなら多少背伸びした内容があっても構わない、という考え方は大切である。もちろん、子どもが本当に、アニメから悪影響を受けることもあると思う。でも、塩分濃度の高い土壌で育てられたトマトは、そうでないトマトよりも美味しくなるということを忘れてはならない。


清廉潔白なアニメばかり見ていたら、他人の悪意を知らない子に育つかもしれないし、「子どもの頃、アニメを禁止されて育ったら、ガチのオタクになった」という人もいる。ひょっとしたらアニメごときでは教育にはならないのかもしれない。

*1:むしろ、男の子がひどい目に遭う回がいくつかあった。

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