逆境に立たされる少女たち
『アイカツスターズ!』では、度々、少女たちが逆境に立たされる様子が描かれる。今回もそうした回なのだが、メインキャラクターで唯一パワーアップアイテムを手に入れられないという裏切り、そして、早乙女あこが下した決断への共感から、話題性が高くなっているようだ。
第45話「あこ、まっしぐら!」
グリッターの条件
S4戦に向け、アイカツが活発化する中、ゆめ・ローラ・真昼の3人はS4戦を戦うドレスを作るための「自分だけの特別なグレードアップグリッター」を手に入れた。しかし、あこだけは未だに「自分だけの特別なグレードアップグリッター」を手に入れていなかった。有莉によれば、大きなステージを成功させることで手にすることができるのだという。
ステージを探しに
遅れを取るわけにはいかないと、自分もステージを予約しに行くあこだったが、学内ホールの予約は埋まってしまっていた。友達を助けたいというゆめの導きで学外のステージを探したが、空きは全く見当たらない。あこは、これ以上迷惑はかけられないと、ゆめを帰らせる。
このままステージが見つからないのかと諦めたあこの目に飛び込んできたのは、デパートの屋上での戦隊ヒーローのステージだった。自分の出演した映画を見た子どもに声をかけられたあこは、そこでライブをすることを約束してしまう。ステージへの出演を決めたあこは、すばるに手紙を書いたのだが、当のすばるは地方ロケで東京にはいなかった。オフだというかなたに対し、お呼びではないと反発した。
思いがけぬ依頼
ところが、その直後、あこはツバサから大きなステージのオファーをもらってしまう。あこは断りきれず、出演すると言ってしまった。葛藤するあこの前に現れた有莉は、グレードアップグリッターをもらうには大きなステージ(で多くの観客を満足させること)が絶対条件であり、デパートのステージでは無理だと警告する。警告を受けたあこは、一度は子どもと約束した小さなステージを諦め、ツバサのステージに参加しようとした。
あこの決断
しかし、あこは断りきれなかった。子どもがいかに自分のステージを楽しみにしているかを目の当たりにし、すばるのファンである自分と重ね合わせ、子どもの方を選んでしまった。子どものために小さなステージを優先したあこは、「自分だけの特別なグレードアップグリッター」をもらえず、汎用のドレスでS4戦に挑むこととなった。
「私、何が何でも夢を叶えてみせます!」
子どもの要求で、劇中のセリフを連呼するあこ。ゆめはあこの選択を擁護したが、「自分だけの特別なグレードアップグリッター」をもらえない事実は覆らなかった。後日、かなたは自身のラジオで、大きなステージよりも小さなファンの笑顔を優先したアイドルのことを取り上げた。同じくパーソナリティのすばるはそのアイドルの選択に賛同するのだった。
45話は『アイカツスターズ!』(以下、スターズ)の数ある煮え切らない回の中でも群を抜いて煮え切らない回だった。トントン拍子に進む優しい世界ではなく、努力への見返りもない。見るのが辛い回になってしまったが、アイカツスターズの名刺と言える回だった。
グリッターシステム
スターズのドレスメイクは、登場人物に新たな試練を与えている。スターズでは、アイドル自身がドレスを作らなければならない。それは、単に自分の好みだけでなく、ステージの特性を理解した上で(あるいはユニットのコンセプトを組み込んで)デザインされるものである。つまり、ドレスメイクにおいては、自分(たち)を表現しなければならないのだ。
そのドレスをデザインする際に重要なのがグレードアップグリッターである。いわゆる強化素材のことだが、あるのとないのとでは、ドレスの格が異なる。たしかに、デザイナー*1の廃止によって、アイドルとデザイナーの信頼関係というものが描写されなくなっている*2。だが、ドレスを彩るためにする努力、あるいはドレスのデザインを決める上での試行錯誤は確実に登場人物の成長に繋がっている。
エグい展開
モノかココロか
今回の展開は、エグいと言う言葉に尽きる。『アイカツ!』(以下、無印)の文法であれば、確実にアイドルの心得*3が与えられていたからだ。無印ならば、「偉かったね。それこそがアイドルにとって大切なことだよ」と言わんばかりに、ご褒美が与えられていただろう。でも、スターズは現実的なので、物質的な報酬と精神的な報酬は二者択一であることを説いてきた。お金になるがやりがいのない仕事と、お金にならないがやりがいのある仕事であれば、責任ある大人がやらなければならないのは、前者だ。
時にはやりがいのある仕事も大切かもしれないが、実質的な対価が得られないことばかりをやっていては、仕事人として成長することはできない。あこは、人としてはよいことをやっているかもしれないが、それはニュースにもならなければ、学園に大きな利益をもたらすものでもない。アイドル個人としては正しく思えるのだが、事務所に所属するアイドルとしては失格なのだ。道端のおばあちゃんをおぶって仕事に遅刻する社会人と同じである。正直者が馬鹿を見るとは……社会は厳しいものだ。
優しくない世界の『アイカツスターズ!』
無印へのひとつの批判が、物事がスムーズに行きすぎて気持ち悪いということである。特に2年目以降は毎回成功ばかりを描き、誰も悔しいという感情を抱かなかった。しかし、ファンはむしろそういった「優しい世界」に惹かれていた。そのため、登場人物に試練を課していくスターズが嫌いな無印ファンもいる。
シリアスな女児向けアイドルアニメというとプリティーリズムが想起されるが、あの作品では基本的に心からの努力が報われない展開はない。心からの努力で問題が解決していくのがプリリズである。一方のスターズでは、どんなに多くの困難があっても「いつかは報われる」という路線をとっている。
ゆめが小春の送別会のステージで倒れた際は、リベンジの送別会があるなどではなく、秋フェスのユニット活動で気分が少々上向く程度だった。その後、小春との接触は描かれていないので、問題は解決していない。このように、解決したように見えて実は投げっぱなしの問題がある(もちろん解決したものもある)のが、スターズの特徴だ。子どもの笑顔を優先したあこの努力が報われることを願いたい。
ありえたかもしれない45話
見えない腕を持ったミロのヴィーナスが美しいのと同じように、我々はありえたかもしれない45話に想いを馳せずにはいられない。あそこであこが子どもとの約束を完全に無視して、大ホールのステージに立っていたら、特別なグレードアップグリッターが手に入ったかもしれない。玉座へぐっと近づき、長期的な意味でファンの期待に応えられたかもしれない。でも、その場合、小さなファンの想いはどうなってしまうだろうか? あこはきっと、楽しみにしていたファンを裏切ったことを後悔するはずだ。悪いことをして後悔するよりも、よいことをして後悔する方が断然よいと思う。45話であこがした選択は正しかった。歪(いびつ)だからこそ美しく、割り切れないからこそ綺麗な回だった。
ここまでの早乙女あこ
ここからは、早乙女あこ自身に光を当てよう。あこは猫のような髪型をしていて、頭脳派で高飛車なお嬢様である。M4の結城すばるの追っかけであったあこは、大女優になることを大義名分にしつつ、すばると共演することを夢見ながら、四ツ星学園に入学した。しかし、あこは歌組の虹野ゆめがすばるに気に入られていることを知り、嫉妬する。
大事なことに気づく
そんな中、ゆめを含む一年生と一緒にM4のトーク番組に出る機会が訪れる。すばるの気をひくことばかりを考えていたあこは、番組の雰囲気を乱し、M4の吉良かなたから注意を受ける。かなたはあこがすばるのファンであることを見抜いていて、あこの間違いを正した。その後、あこは楽屋に置いてあった他の出演者の台本を見て、M4のプロモーションなど、大人の事情に合わせてしっかりトークが練られていたことを知る。自分の間違いに気づいたあこは、新たな決意でアイカツに臨むのだった。なお、かなたとの関係は、この回以降度々描かれている。
ゆめとの関係
劇場版では、同学年の七倉小春と伝説のドレスを探して南の島を冒険した。小春が家庭の事情で学校を辞めて海外に立つことを知ると、あこは友人たちや小春に似せて人形を作った。小春の送別会では司会をしたが、その送別会のステージで小春の幼馴染であるゆめが突然倒れてしまう。別れの言葉を言う間も無く親友と別れ、失意のゆめに対し、あこは積極的にアプローチした。一緒にユニットを組んで学内イベントに出るよう声をかけ、組違いの先輩である二階堂ゆずとともにイベントに出場した。今回のゆめの協力はこのお返しとも言えよう。
その一方で、ゆめに対しては恋のライバルとしてただならぬ思いがあるようで(すばるへの想いは変わっていない!)、ゆめがすばるといい感じになっているのに嫉妬する場面が度々挿入される。あこの本格登場回であるドラマ回では、現場ですばるの恋人役としてゆめが抜擢され、悔しがっていた。バレンタインデーではすばるに巨大チョコを渡したが、ゆめは友チョコならぬライバルチョコを渡している。そういったところで一歩及ばないのが現状である。(ちなみに、あこの部屋はすばるグッズで埋め尽くされている。)
大女優への道
その後、あこは本業の女優としてみるみるうちに成長し、S4の如月ツバサの出演するドラマにも出られるようになった。『アイカツ刑事』ではツバサの部下である主演の新米刑事を務め上げた。ツバサの本音としてはまだまだ未熟なようで、色々と注意を受けていた。しかし、劇組の1年生としてはトップの成績を収めているようだ。今回、あこの活動の裏側では、S4があことツバサの出演する映画を観ていたが、ツバサはあこのおかげで映画がヒットしたと評価している。
『アイカツスターズ!』にも救いはある
アイカツスターズは、登場人物にひたすら理不尽な仕打ちをする番組ではない。いつかは救いがある。1話から続いたゆめの謎の力の問題だって、長い期間を経て、解決することができた。たしかに辛い回もあるかもしれない。だが、その辛さを一緒に受け止めることこそが正しい視聴の仕方なのではないだろうか?