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なぜ金を払えないのか
人気マンガの「早バレ」をウェブサイトに転載したとして、男女計4人が逮捕された。そのうち3人は、引用の域を超えているとして、著作権法違反の容疑がかけられたようだ。これは、単に、4人の人間が自分のウェブサイトに早バレを載せたという事件ではない。広告収入で4億円を稼ぐほどの集客をしていたことこそが、大きな問題だ。
週刊マンガ雑誌に300円払えない人
マンガ雑誌を読むために、たった300円のお金を払えない人がいる。友達同士で割り勘をしていれば、1人100円で読めたかもしれないのに、ジュースを3本我慢すれば読めたかもしれないのに、300円が払えない。
彼らがマンガにお金を払えない理由はいたってシンプルだ。「マンガなんて無料で読める。お金を取るなんてケチだ」と思い込んでしまっている。
マンガを無料で読める環境
世の中には、マンガを無料で読める環境がある。代表的なものは、広告収入だけで成り立っているマンガと、個人が趣味で投稿しているマンガだ。まず、広告収入で成り立っているマンガは、本当はタダではない。スポンサーがいるから無料にできている。サッカー日本代表の活躍を、テレビでは無料で見られるのと同じだ。
残念ながら、本当に無料で読めるマンガというものは、趣味のマンガしかない。でも、完全オリジナルのマンガが読めるというのはごく稀で、多くは既存のマンガの二次創作である。
0円という究極の低価格を実現した無料マンガが生き残ればよいのかといったら、そうではない。商業マンガがなくなれば、二次創作もなくなる。
商業マンガがなくなるデメリットはそれだけではない。マンガ文化の主流であるプロの漫画家がいなくなれば、マンガは衰退する。つまり、商業マンガを無料で無断で二次配信するというのは、マンガ文化を破壊する悪行である。私たちは、マンガ雑誌が存続してこそ、無料で読めるマンガも存在するのだということを忘れてはならない。
娯楽グッズを不正に手に入れる人
ところで、お金を払えない人がいる娯楽は、マンガだけではない。アニメや音楽、それからゲームにもお金を払えない人がいる。
たしかに、アニメや音楽は無料で楽しむこともできる。これらのものはテレビやラジオから無料で流れてくるが、それは商品を買ってもらうための宣伝である。しかし、アニメや音楽を無料で手に入れたい人は後を絶たず、今もどこかで違法に二次配信されているようだ。
一方、ゲームの場合は不正ツールなどで、買っていないゲームのデータを手に入れて遊ぶことが一時期問題になった。現在は、そうしたツールを使って遊んだ場合に、ゲームが進行しなくなる細工がなされているものもある。
買ってもらうためのお試し版
こうした娯楽の商品が無料で楽しめるという誤解を防ぐため、音楽などを無料で放送することをやめたらどうかと思う人もいるかもしれない。でも、娯楽の商品を買ってもらうために、試してもらうということは重要である。
一部の企業では、ミュージックビデオを途中までしか配信しないとか、ゲームの一部を楽しめる体験版を配信するなどで、ユーザーに試してもらいつつも、買う気を持たせる努力をしている。こうしたお試し版を前に私たちがすべきことは、ケチだと非難することではなく、商品を買うことである。
ごちそうしてくれる友人だと思え
マンガや音楽を、料理に置き換えてみよう。料理が得意なあなたの友人が、みんなのために料理を振る舞っているところを想像してほしい。
おいしい料理がタダで食べられるのは、友人の厚意によるものであり、当たり前のことではない。もし、その友人が材料費を割り勘にしてくれと言ってきた場合、あなたは「タダじゃないのかよ、ケチ!」と言うだろうか?
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最近は、漫画家が自分のSNSアカウントに無料で簡単なマンガを掲載している場合もある。だが、それは漫画家の厚意によるものであり、「私のマンガは全てタダです」と言っているのではない。ユーザーの一部が商品を買ってくれるはずだと信じて、そうしたマンガを掲載しているはずだ。
タダ飯は続かない
料理を振る舞ってくれる友人は、無料で料理を作ってくれる神ではないし、無条件でいつまでも料理を作ってくれるわけでもない。あなたが材料費を支払わないことで信頼関係が崩れ、「もう二度と、お前には料理を作らない」と言われるかもしれない。
あなたがタダ飯を食べ続けるのは、長期的に考えれば損である。友人が料理を辞めたときに料理を食べられなくなるのは、あなただ。コンテンツにただ乗りするなら、そのコンテンツがなくなったときに文句を言ってはいけない。全ての娯楽に金を払えとは言わないが、金を払わなかったコンテンツはどんなに支持されても続かない、という自明の理は念頭においてほしい。