5月初頭、かつて子ども向け番組に対して出されたある批判記事が蒸し返された。筆者は、この話題提供をきっかけとして、子ども向け番組とは何かを考えた。単に子どもに向けられた番組と捉えることもできるが、そうした番組には、それなりの条件があるはずだ。子どもが観る以上、子どもに見せるとまずい映像や表現は除外されるべきだろう。でも、子どもに悪影響を与えないだけでは、見せる価値はないと言っても過言ではない。子ども向け番組は、子どもに何らかの利益をもたらさなければならない。言い換えれば、子ども向け番組に求められるのは、子どもによい影響を与え、悪い影響を抑えることである。
子ども向け番組に求められる責任
子どもの権利条約
子ども向けのマス・メディアに関する普遍的なルールとして、子どもの権利条約*1第17条を挙げたい。第17条は、マス・メディアにおける児童の権利の保護に対する責任を定めた条項である。これによれば、マス・メディアは「児童にとって社会面及び文化面において有益であり、かつ、第29条の精神*2に沿う情報及び資料」を提供するものである。この責任は、児童に自由を与えるための責任であって、児童を健全に育成するために放送内容に制限を課すものではない。どちらかといえば、この条約では、児童の権利のために新しい内容を加えるよう促している。もちろん、制限を課すことも重要で、第17条では有害な情報から児童を守るためのルール作りを歓迎している。しかし、児童を権利を守るために、マス・メディアに対して情報ソースの多様化やマイノリティーへの配慮を求めているのも事実である。
放送基準
さて、日本では、放送倫理・番組向上機構(BPO)が放送基準*3を元に、放送を規制している。BPOは放送基準第3章にて、放送に対して、「児童および青少年の人格形成に貢献」することを要求し、青少年の健全な発達を目標としたルールを定めている。この第3章には、使用する言葉のように番組の雰囲気作りに関わる事柄、表現の方向性など番組の内容に関わる事柄に対する規制が定められている。なお、第5章には教育番組に関する基準が定められており、教育番組が一般教養や専門知識*4を学ぶための番組であることがわかる。つまり、アニメや特撮は、日本のマス・メディアの言うところの教育番組ではない。その部分については混同しないよう留意願いたい。
子どもの権利条約の長所と短所
子どもの権利条約が定めるマス・メディアに対する加盟国の責任は、子どもが思考するための枠組みを作るため、内容を加えるよう促すというものである。これにより、子どもの精神や道徳心の向上が期待できる。
例:子どもが他の文化のことを考えられるようにする
特撮ヒーロー番組で、市民社会が別の星から来た無実の宇宙人や無害の怪獣を地球防衛の観点から抹殺しようとするが、ヒーローがそれを食い止めようとするエピソードがあった。この番組を通じて、制作会社は、子ども達に地球に害を及ぼす可能性のあるものを何も考えずに排除してよいのかという問題提起をした。
一方で、特撮作品の根本的問題として、暴力が挙げられる。例えば、友情の大切さを説く特撮作品において、 少年が変身したヒーローと少年が変身した怪人が拳と拳でぶつかり合う「タイマン」によって友情を育むという描写があった。しかし、(設定上18歳以下のためそう表現するが、)児童同士の暴力シーンは褒められたものではなく、実際にBPOに苦情があった*5。友情を育むという教育的要素さえあればなんでも許されるのかといえば、疑問が残る*6。たとえ暴力を使ったとしても、子どもにその良し悪しを考える機会を与えることが大切だろう。いずれにせよ、人間が変身したという設定の怪人は、今後はデリケートに扱われるはずだ。
なお、特撮作品に関しては、特撮作品は全て子ども向けであるというアサンプションを持っている人もいるので、深夜の大人向け特撮作品があることも指摘しておく*7。性的な衣装や女性の裸体を模した怪人なども登場するので、そもそも子どもの目に触れないようご注意願いたい*8。
放送基準の長所と短所
放送基準は子どもが特定の思考に至らないよう、番組の内容を削減したり、変更させたりして、規制するというものである。これにより、番組が子どもに与える悪影響を最小限に抑えることができる。
例:子どもが番組の表現から悪影響を受けないよう番組を規制する
表現の健全性や子どもへの性被害防止の観点から、休日朝のアニメ番組の主題歌アニメーションより、少女が衣服の肩紐を外しているカットが削除された*9。このアニメーションは夏の衣服を身につけた少女達のイラストを十数枚流すものだった。たしかに、そのアニメーションには、そこから子どもの人格が形成されたり、精神的な能力が向上したりすると考えられる要因が見当たらない。子どもにいい影響を与えず、悪影響を及ぼす可能性のある内容が削除できたため、この規制は正解だった。
一方で、我々には各種国際法や憲法で表現の自由が認められており、悪影響がある可能性がある表現を思考停止して規制するのは、我々の利益に反する。実際に、引き算の規制が、子どもによい影響を与えることを妨げる場合もある。例えば、同じ水遊びの表現であっても、泳げない友達に泳ぎを教える描写や、友達が泳げないことを嘲笑せずに受け入れる描写は、むしろ、子どもの人格形成や精神的能力の発達に大きく貢献する。一般に不適切だと見なされがちな表現も、使いようによっては適切な表現に変えることができるのだ。そのような表現を一律に規制すれば、我々の自由が制限されるし、子どもから学ぶ機会が奪われてしまうだろう。
以上のように、子ども向け番組には、子どもによい影響を与え、悪い影響を与えないという責任があった。もちろん、実際は子どもに悪影響が及ばなくても、叩きたいから批判する人だっているだろう。だが、ネットで炎上するリスクが高まっている現在においては、できるだけ高品質の番組作りがマス・メディアに求められているはずだ。
*2:第29条が定めているのは、児童教育の目標である。その内容は、大まかに言えば、児童の人格・才能・精神・身体の発達、人権や基本的自由などといった世界的な価値の尊重、異文化や自分を取り巻く環境、ならびにその中で暮らす人々の尊重、自然の尊重である。
*4:小学校の理科、冠婚葬祭のマナー、パソコンの使い方など
*5:2011年9月に視聴者から寄せられた意見 | BPO | 放送倫理・番組向上機構 |
*6:上記の通り、実際には、子どもの権利条約は有害な情報の規制基準を設けることを推奨している。
*7:第150回 放送と青少年に関する委員会 | BPO | 放送倫理・番組向上機構 |
*8:そうした作品のDVDには年齢制限があるはずだ。